私が通った高等学校は、清く正しく美しく、良妻賢母を育てるのを旨とした片田舎の女子高だった。そこでの私は1年生で放送部、2・3年生は演劇部に所属していた。当時3年生は3人、2年生は私を含めて4人、1年生は6人という、こじんまりとしたクラブだった。

担当の教師は地元のお寺の住職も兼ねた人で、坊主頭に運動部でもないのになぜか、いつも竹刀を握って部室にやって来ていた。その竹刀で叩かれた部員は一人も居なかったけれども、今のPTAだったらそれだけで大騒ぎだったかもしれない。

女子校の悩みは女子しか居ないことだ。カナヅチを持って舞台を作る力仕事にも苦労したが、肝心のお芝居の台本を選ぶにも、なかなか出演者が女性だけというものが見つからない。宝塚のように男役をド素人が演じても様にならないし、部員一同困り果てていると、その坊主頭の部長先生が自分で台本を書くと言い出した。果たしてどんなものが出来上がるのか、部員は期待と不安の入り混じった、イヤほぼ不安だらけの思いで台本の出来上がりを待った。

『でいだらぼう』これが、先生の処女作の題名だ。昔々の海辺の村での物語。ある日、海から“でいだらぼう”と呼ばれる怪物が、村にやってくるという噂が流れる。“でいだらぼう”は山のように大きくて乱暴もので、家や畑は破壊され人々は飲み込まれてしまうという。村を守る方法としては若い娘を人身御供に出すしか無い。誰の家の娘を出すか。若い娘を持つ親は娘と一緒に村を逃げ出そうとする。ところが、村人達がそれを許さない。さぁ“でいだらぼう”は、いつ現れるのか、村はどうなるのか…村人のドタバタは続いたが、結局そんなものは現れなかったというお話。「オラァ、やだ。でぇだらぼうに食われたくねぇ」とか「早く逃げねぇと家が潰されっど」といった、漁村の人から「そんな言葉は使わない」と詰め寄られそうな台詞のオン・パレードと、ツギハギだらけの着物に薄汚れた前垂れ、グシャグシャの髪、墨で汚した顔。私も「逃げてぇヤツは逃げたらよかんべ、おらぁ村さノゴッて全部見届けんべぇ」と、人生を達観したような“おのぶさん”の役をあてがわれた。

女子高生の芝居にしては、演じていてちょっと哀しいものがあり、それ以降先生が新作を書くと言っても、部員の誰も依頼することはなかった。

暫くして、監督・脚本・出演者、全てが女性という、画期的な映画の脚本を3年生が見つけてきた。自由を望むことのできない寄宿舎を舞台に、女教師への清らかな淡い恋愛にも似た感情を描いた作品だ。その名も『制服の処女』。

母を早くに亡くし、軍人の父の手で育てられたマヌエラは、厳格な寄宿制の女子校に中途入学する。そこで、女性教師ベルンブルグに憧れをいだくようになる。普段は秘めていた思いだったが、宿舎での『ロミオとジュリエット』の芝居の後に振る舞われたお酒(パンチ)で前後不覚に陥り、いっぺんにその思いを吐露することとなる。校長からその事を叱責されたマヌエラは飛び降り自殺未遂騒動まで引き起こす。そして、この一件によりベルンブルグは責任を感じ寄宿舎を去って行くのだった。

う〜ん『でいだらぼっち』とは大違いだ。舞台衣装を考えるだけでもワクワクしてくる。

寄宿舎だからと校長役に決まった聡子は、修道女のような黒いロングドレスに大きめの十字架のついたペンダントを下げてみた。ベルンブルグ先生役の泰子はワインレッドの、やはりロングドレスにレースをあしらって優しいイメージを作り上げた。そして生徒達はグレーのロングドレスの胸に、大きなリボンを結んだ。出来るだけ安上がりにと裏地用の布を買い、皆、衣装は手作りだ。私も千鳥足のような縫い目ながら“主役”マヌエラ・マインハルディスの衣装を作った。そうよ私は女優よ、そして主役を張る美人女子高生よ。

さて稽古だが、読み合わせや打ち合わせは部室でできるけれども、立ち稽古からは体育館の舞台上で緞帳をさげて行う。緞帳の向こうでは、バレーボール部が熱心に練習を行っている。我が校のバレーボール部は、全日本を制覇した伝統と実力のあるクラブで、学食の上に合宿所を置き、部員は1年中泊り込んでいるほど熱心なのだ。だから、どんな時でも体育館の1番大きなスペースを使い、特訓、特訓の繰り返しである。演劇部が緞帳の奥で、多少の声を発しても普段は熱気あるバレー部の練習に差し障ることは無い。ところが、この度の出し物の内容はまずかった。マヌエラが自殺未遂をはかる場面での台詞は「先生、愛しています。愛しています。愛していますベルンブルグ先生!!」。この台詞を何度も稽古で叫ぶものだからバレー部の鬼監督と謳われた田辺先生も、スパイクを打つ手から力が抜けてしまうらしく、とうとう緞帳を上げて「バカ野郎、いい加減にしろ!!」と、怒鳴り込んで来た。校内では一目も二目も置かれている常勝バレー部の鬼監督が怒鳴り込んで来たのだ。部員は皆、縮みあがっていた。ところが、我が演劇部の部長先生は少しもひるまず仰った。「君のことじゃないんだからサ、気にしないでバレー続けて」。流石に坊主、肝が座っていらっしゃる。鬼の田辺もスゴスゴと引き下がらずを得なかった。

そんな稽古の甲斐あって、その年の文化祭で上演したワタクシ主役の(くどい?)『制服の処女』は大成功。なんか観客席がざわついているなと思ったら、なんと皆さん泣いて下さっているのよねぇ。いやぁ感激ですわ。調子に乗って我が部では翌春の3年生を送る会にも上演させてもらった。いやぁ紅涙をさそったなぁ。それが病みつきになって、今では女優を生業にして…というのは稀な方々のお話。でも、齧った女優魂は消えず毎年4月1日には脚本・主演を一人でこなしながら、罪の無い嘘を演じ続けている。今年も2年先輩の私を、平気で「ひめみや、ひめみや」と呼び捨てにするエイコちゃん(なんで私は、ちゃん付けなのか)に向かい「喜んでぇ。とうとう、スッゴイ玉の輿が決まったワ」と、演技して見せたところ「自分で演ってて虚しくない?!」と、簡単に見破られてしまった。よぉし腕を磨いて、来年の4月1日こそはアカデミー賞主演女優賞級の演技を見せてやるぞ。