2004-08-22 日
天守閣の攻防
ムンムン蒸し蒸し、お江戸は熱帯夜。明けても厳しい暑さの夏。多くの民は眉間にシワを寄せながら、射すような太陽を仰ぎ見る。でもね、ごめんあそばせ。池田山城最上階におわす姫さま(私よ私)は、目覚めるとまず ♪南に向いてる窓を開け〜 エーゲ海は見えないけれど心地良い風が吹き込んで来る、そんな朝を毎日迎えてるのよザマス。ところがある朝、いつものように南に向いてる窓をあけた先に飛び込んできたのはエーゲ海、なわけはなく、ベランダのフェンスの異変だった。

姫が(私だってば)落ちないようにベランダは、高さ1mほどの強化ガラス製のフェンスで囲われている。その半透明のフェンスの外側に、白い40センチほどの線が縦に4本引かれているのだ。何あろう、それは黒いカラスのウ○チだったのだ。なんで黒いカラスから白いウ○チが? それはね、鳥類は大腸が短いので水分が殆ど吸収されない。すると便の色の素と言える胆汁の色が薄くなる。その上、鳥には膀胱が無いので便と尿が混じった状態で排泄される。人間様の下痢状態とでも言おうか。それでフェンスなどに、白い糞を犬や猫のマーキングのように長々と引くことができるのだ。“ヘェ〜”って感心している場合ではない。実際マーキングの役割も持っているとしたら、姫さまのベランダは黒い集団のアジトになってしまわないとも限らない。
実は、こやつらには前々から恨みがあった。昨年春、ベランダで家庭菜園の真似事を始めた時の事だ。山手線の内側に所在するマンションの最上階。プランターや苗はもちろん、土だって重い思いをしてエッチラ・オッチラ運び上げたのだ。苦労の甲斐あって、プチ・トマト、なす、ピーマンがやっとこ実をつけ大喜びをしたのも束の間、それを待ち受けていたかのように、カースケ共はプランター目指して飛んできた。そして、その黒々とした羽や足でカラスの行水そのままに、苗や土を蹴散らして行ったのだ。ああ、その後の無残だったこと。今、思い出しても腹が立つ。実が引きちぎられただけでなく、土がベランダ中に飛び散り、洗濯物もドロまみれになってしまった。それからも、土だけになったプランターを目指して奴等は飛んで来ては、さんざん土浴びをして去って行く。仕方が無いので何も入っていないプランターを逆さにして蓋にし、奴等の姿を見ると壁を叩いたり、窓を思いっきり音を立てて開閉した。これを繰り返すうちに、やっとこ昨年の襲来は収まったのだった。
以前、浅草に住んでいた頃には、さんざん鳩に悩まされた。平和のシンボルともてはやされ、東京オリンピックの開会式、抜けるような青空に舞った数多くの白い鳩。神田正輝・松田聖子の結婚式での教会との流れるようなシルエット。絵になる優雅な姿しか思い浮かばなかったのだが、浅草寺から飛んでくる鳩は早朝からクックルゥ〜、クルゥクルゥ〜と不気味な泣き声で安眠を妨害する。窓に映ったその影はまるでヒッチコックの映画『鳥』を彷彿とさせるくらいゾッとするものがあった。その上、竿に干した洗濯物の上を歩き“ハ”の字の足跡をつけた。初雪についた下駄の跡なら俳句にもなるが「洗濯物 ハの字ハの字の ハトの足跡」じゃ季語も無いし、字余りにもなってしまうではないか。さすがに浅草寺から池田山まで件の鳩くんは飛んでこないが、一難さって又一難。敵は次々現れるものだ。
さて、問題のフェンスだが一体どうしたものか。何しろ被害を受けている場所がベランダの外側なのだ。身を乗り出しても雑巾が届く位置ではない。水で洗い流そうかとも思ったが、何しろホラ最上階。下の階の皆々様、ひいては道路上の民草に高いところから水をぶっかけるわけには行きませぬ。これは雨乞いですかねぇ。カラ梅雨とは言っても梅雨明け宣言が出たわけじゃなし2、3日もすれば激しい雨がフェンスを洗ってくれるだろうとタカをくくっていた。ところが雨の降る気配は無いままに日は過ぎて行く。
そんなある日、退社時に大手町サンケイビルの前で一羽のカラスを見つけた。体はまだ小さく羽が少しもげている様子。その上、足も怪我をしているようだ。飛ぶことも、歩くことすらおぼつかない。ふと見上げると信号機に2羽、体の大きなカラスが身を寄せるように留まっている。両親が傷ついた我が子を見守っている図としか考えようがない光景だ。真っ黒な、今の私にとっては恐怖ですらあるカラスだけれど、親子の情には心を打つものがあった。都会のど真ん中に、志村けんバージョンではなく、正統派♪七つの子のメロディーが今にも聞こえてきそうだった。
カァ、違った。ガァ、フェンスのウ○コには心を打つかけらすらなく童謡も流れない。太陽によって乾かされ、干からびているはずなのに剥がれ落ちもせず、4本の白線はずっと居座っているのだった。こうなりゃ、我が手で落とすしかありません。では、どうしたら良いのか。雑巾では届かない、モップでは長過ぎる。そんな時に見たクイックル・ワイパーのCM。これなら長さが調節できる。さっそく近くのKマートでお買い上げ。ワイパーの先にお掃除シート・ウェットタイプを確り固定。何しろ下には、お江戸日本橋を出発した国道1号線が走っているのだ。ここからシートを落としてしまったら、交通事故だって引き起こしかねない。シートどころか自分が落ちたらもっと大変。今日こそ、とっとと帰ってカラスのウ○コ駆除だと決めた日は、退社前に念の為上司に報告したのだった。「私が万が一、ベランダから落ちてもそれは本人の意思ではありません。カラスと戦っての名誉の戦死です」と。「カラスにさらわれないようにご注意下さい。健闘を祈ります」というありがたいお言葉をいただき、帰宅直後、戦闘態勢に入った。私の戦闘服はタンクトップに短パン。浴用タオルを首に巻き上半身をフェンスから出し、ワッセワッセとクイックルワイパーでフェンスの外側を拭き下ろす。そんな様子を見た人がいたら「なんて綺麗好きな人だろう」と感心してくれたに違いない。
やっと、フェンスを拭き終えた翌日は台風7号の影響で大雨。なんなのさぁ。雷まで鳴り出す始末。雷を聞いて「キャー、コワァ〜イ」なんて男性にすがりつく“おんな”が多いが、姫さまは雷なんぞに恐れをなしたりはしない。蜘蛛が出た、ゴキブリが歩いてると言ってはキャーキャーと黄色い声を出してなんになる。カラスのウ○コだろうが「フン!」と言って自分で処理せねばならないのだ。30歳はとうに過ぎ独身、当然子無しの“負け犬おんな”の姫さまは鳩でもカラスでも飛んで来いと池田山城のてっぺんで遠吠えをする毎日なのだ。