2007-05-13 日
豚弟
今年もゴールデン・ウィークに2日も出社してしまった。しかも3日と5日という飛び石だったものだから、世間さまの9連休なんていう話とは、あまりにもかけ離れた悲しい現実の日々だった。
その上、例年のGWは人影のまばらな東京駅界隈が今年は新丸ビルのオープンで、家族連れがウヨウヨ。ディズニーのリュックを背負った子供達が嬉しそうにスキップしている横を仕事に向かう我が身が益々切なくなる。
GWも働いているということをアピールしようと、実家に電話を入れてみると、なんと豚弟も今年は出社していると母から聞いた。そうよね、お姉さまが働いているのだから、弟の分際で休んでいてはいけない。ほんの少しだけ、溜飲が下がった。
そっか、アヤツも出社してるのか…。
アヤツ、私より4歳年下の豚弟は既に2人の子供の父であり、会社では何を間違えたのか“部長”なんていう肩書きがついている。(アソコの会社も先が見えたな)と思うものの、豚弟も世間からみたらいっぱしの大人なのだと、ちと感慨にふける姉である。
ネタも無いことだし、今回は我が豚弟の話を。
豚弟は一途な男である。何しろ物心ついてこのかた、私は1度たりとも豚弟の痩せた姿を見たことがない。中学ではバレーボール部に所属していた。どんなに厳しい練習の明け暮れにあっても色白の豚弟は、そのままバレーボールのような顔をして、トスを上げ続けていた。高校では野球部に入ったが、入部したとたんにピッタリのポジション、キャッチャーを仰せつかった。足の遅い分、滑り込んでくる対戦相手には、もてあまし気味の肉そのものでホームを守り抜いたらしい。
そして、大学への受験戦争に突入しようが、どうにか入学して片道2時間もの電車通学を経験しようが、1gも痩せることなく通いとおした。現在もほぼ同じくらいの距離を通勤しているが、これまたまったく痩せる気配はない。まったくもって筋金入りの、それでいながらぷよぷよの、一途な“おデブさん”なのである。
豚弟はネズミに弱い。ゴキブリなら丸めた新聞紙で退治できるのに、どんな状況でもネズミと聞いただけで、外へと飛び出す。豚弟が大学生の時のこと。もういかげん大人だし、大丈夫だろうと、丸めた靴下を豚弟の部屋に向かって投げ入れ「ネズミだぁ!!」と叫んでみた。すると、その叫び声よりも大きな「ギャオ!!」というゴジラのような悲鳴を発して、まるまると太った豚弟が裸足のまま庭へ飛び出した。あれには家族一同、口をアングリ。豚弟の前世には一体何があったのだろう。
そんな豚弟に嫁いできた義妹は9月末生まれの、正真正銘ネズミ年だ。どうりで豚弟は、何から何まで義妹に、頭が上がらないのだなぁ。母や、姉であるところの私には大威張りのくせに、義妹の言う事だけは、どんなことでも素直に聞き、その命令には忠実に従っている。いつも私は義妹に言ってやる「姫宮家では息子も弟も冷たいけど、お宅の旦那様は優しいワネェ〜」って。
豚弟はアルコールがカラッキシ駄目である。これはどうやら遺伝らしい。父も祖父も、父方の伯父達も、全て下戸の家系である。大学に入ったばかり頃には未成年のくせに粋がって、ミニチュア・ボトルの様々なお酒を買い込んでは棚に飾っていた。そして、成人する日を指折り数えて待っていたものだ。
しかし、いざ二十歳になり乾杯の段になったら、今風に言うところのリバースして、ぶっ倒れるという情けなさ。トラ兎で気性が激しく、尚且つ「斗酒辞さず」の家で育った母からは「もったいない! 出すなら飲むな!!」と面罵されていた。
それからはスイーツでさえ、アルコールが入っていると体が受け付けなくなってしまったようだ。知らずに食べてしまった時なぞは、そっと自室に逃げ、ベッドに倒れこんでいる。以前、同じ部署にちょっとでもアルコール分の入った物を口にすると、リトマス試験紙ヨロシク真っ赤になっていたオジサンがいたが、正しく豚弟も同じ道を歩んでいるようだ。
豚弟は子供である。出来すぎの姉をもった弟は愚弟であるのは世の習いだとは思うが、なかなか大人になりきれずにいる豚弟である。2人の姪が幼い頃、雪なんぞ降った日にゃぁ、飼い犬のチョコよりも早く、大喜びで近所の公園に駆けて行き、汗をかきかき積雪でジャンプ台を作り、先頭に立ってソリ遊びをしていた。車のトランクにはダンボールの箱を平らにしたものが常に入れられており、それも又、川原の土手でのソリとなるのだった。
ノーテンキな義妹は「うちのパパは子供と遊んでくれる」と評価していたが、当の姪たちは「パパが遊びたいのよねぇ。私たちつきあってあげてるのよ、疲れるけど」などと覚めた目で豚弟を見ながら、コッソリ伯母様の私に教えてくれたことがある。もちろん口の堅い伯母様は、豚弟や義妹に今のところご注進はしていないが、いつかは言ってやりたいものだ。
豚弟は残念乍ら、私の弟である。
そうなのよねぇ、4歳年下の豚弟は近所の叔母さんに「風呂敷を被せておきな」と言われたくらい、生まれた時から豚弟だった。けれども優しい姉を慕う心はもっていたらしい。姉の通う幼稚園にとぼとぼと後をついて来て、水溜りで頭を洗うなんてこともやっていたと、母から聞いたことがある。優しい姉のランドセルを「出しっぱなしにしていると捨てますよ」という母の言葉そのままに、家の外に捨ててくれたこともある。幼いころから姉の苦手な肉を、セッセと横から平らげてくれていた。お陰で姫宮家のカレーライスは拾い出せない挽き肉と化した思い出もある。
そんな豚弟がいたからこそ、この姉の美しさ賢さ、優しさ清らかさetc・etcが一層、引き立ったということで、その存在を認めてやると致しましょうか。