職場の雰囲気が、たった一人の人間の入れ替わりで、こんなにも変わるとは。

蒲田さんが、暗くて重くて攻撃的だった隣人と、春の人事異動でチェンジになってからほぼ2ヶ月。毎日、半端じゃなく楽しませてもらっている。

6年程前に1年間、同じ職場で机を並べたことがあり、その人となりは充分承知していたはずなのだが、蒲田さんはこの6年間で長足の進歩(?)を遂げていたらしい。周りに与える、スリルと癒しという両極端のパワーに圧倒されて、まぁ時間が経つのが早いこと。

まずは、デスク周りが“蒲田さんここにあり”を主張している。ご本尊のデスクと、両脇に置かれたPC用の予備デスク、合わせてほぼ3台分が、アッと言う間に書類の山と化してしまった。蒲田さんの左側は、スタッフさんが使っていたはずだし、右側は私が利用していたはずなのだが、そんなことはお構いなし。国境無き医師団なら素晴らしいが、境界無き侵略者には困ったものだ。せめてもと「共用部分(いつの間に?)には、絶対に液体は置かないこと!」と、きつくお達しを出した。

入社早々に蒲田さんは、この部署に身を置いたことがあったらしい。なので、引き継ぎも余裕のヨッチャン(古ッ)。「やったことあります」「知ってます」「分かります」と、ポジティブな言葉ばかりが飛び出す。そして「私、エクセル得意ですから」と大見得も切ったものだ。

グアッ。いざ、蓋を開けたらさぁ大変。「おかしいなぁ」「へんだなぁ」「難しいなぁ」と、間逆な言葉ばかりが聞こえてくる。そして、それと同時に「姫宮せんせ〜」「姫宮さまぁ〜」「け・こ・ぉ・さぁぁぁん」と、私にSOSを発する声が悲鳴のように響き渡る。

「知ってるって言ってたでしょ?!」と言うと「聞いてる時は簡単に思ったし、覚えてると思ったんですけどねぇ…」って。どちらにしても、明るくゴロニャンされては拒むこともできない。出社したら退社するまで、耳に「姫宮さぁ〜ん」「ケッコさ〜ん」の声がこだまする。新人研修等でティーチングは上手と定評(オホホ)のある私故、どんなアホな、おっとぉ、どのような低次元の、ちゃうちゃう、どのようなお悩みにも優しくお答え致します。(占い師か)。

しかし、あまりにも頻繁に声はかかるし、すぐ横に来て至近距離で顔を覗かれると、思わず「シッシッ」と言いたくもなる。けれど「シッシッ」と言っても、いっこうに自分のデスクに戻らない。ある時、あんまりくどく「でね、姫宮先生ここはさぁ」とか「あそこはさぁ…」と、言ってくるので、思わず蒲田さんのデスクを指差して「ハウス!!」と言ってしまった。するとアラ不思議、スゴスゴとご自分のデスクに戻るではないの。これだぁ。それからは、「ハウス」を重宝に使わせてもらっている。そして、その言葉で席に戻る蒲田さん。きっと、この素直さが失敗しても周りから疎まれない理由の一つなのだろう。

ある日、蒲田さんの向かいの席に居るために、私が休むと質問攻めに遭っている青年Sが、泣きついてきた。「あのぉ、蒲田さんてエクセル得意だって仰ってましたよねぇ」「そうね、私もそう聞いたワ」。「あのぉ、蒲田さんエクセル、開けないんですけど…」「?!」。

この衝撃を何に例えましょう。蒲田さんのことも知っている友達の絵美ちゃんに、この事実を伝えると。「笑点なら座布団もらえるよぉ」と、大いに受けてくれた。

絵美ちゃんと私は大受けで笑ってられるのだが、青年Sは、それからというもの蒲田さんの「エクセル、最初の1歩から」のご指導にこれ勤めなくてはならなくなった。「アッ、そこは押しちゃ駄目」「ウインドゥは1つ開いたら1つは閉じる。なんで20個もいっぺんに画面が並ぶの?!」「ウィンドゥ1つを消すのに、なんだってPCを閉じちゃうの?それじゃ最初の立ち上げから始めなきゃならないでしょ?!」。ウム、ご苦労さま。それにしても、いつからここは“アビヴァ”になったのだろう。

“聞くと見るとは大違い”を地でいっている蒲田さんに聞いてみた。「エクセル得意だって言ってたよねぇ。その自信はどこから来るの?」「前向きに、自分に暗示をかけてるんです」。なるほどぉ、心がけはとっても立派だ。内容が伴ってくれたら、なおけっこうなんだけどねぇ。

いっつもニコニコ笑顔の蒲田さんなのだが、その笑顔に騙されてはいけない。ニコニコとこちらの話を聞いていると思っていると、ドリフターズやたけし軍団よりも、モロにズッコケて、ぎっくり腰にもなりかねない目に遭わされる。

人事考課なる作業のために、部長と部員がサシで話す時間を決めている時のこと。どこの部署でも同じ時期に同じ作業が始まるわけだから、場所を確保するのが大変だ。なので、我々の部署は、某日の午前中しか応接室が取れないという報告を私はしていた。「…ということで、○日の午前中で希望の時間があったら言って下さい」と。すると、蒲田さんが元気に手を挙げて答えた。「私は午後の2時でお願いします」。あのさぁ、人の話聞いてた?

わが部署は、世間様に逆らって(?)未だに土曜出社、日・祭日の出社が当たり前になっている。一人だけ出社という場合もかなりある。その一人だけの休みの当番が蒲田さんに回って来た時のこと、なんと部員全員が(こっそり、自分も出よう)と考えていたということが判明。やっぱり蒲田さん一人では心もとないというのが一致した思いだ。だけど、これって凄いことですよ。皆の心が一つになって、蒲田さんのために大切な自分の休みを使おうというのだから。結局は、蒲田さんのパソコン個人教授に就任した青年Sが一緒に出社するということで、落ち着いた。

週が明けて「どうだった?」と青年Sに聞くと、普段は6時前には終わる仕事が8時過ぎまでかかったという事だった。♪ほんとに、ホントニ、本当にほんとにご苦労さん。

この春までは、○ソ生意気な感じのする青年だったが、すっかり蒲田さんのペースに巻き込まれ毒気が抜けた気がする。

こうして周り中に、少なからず影響を与えながら、今日も我が道を突き進む蒲田さんなのだった。