不幸自慢の友達が居る。電話をしても、直接会っても手紙が届いても、いつでも何処でも「私は世界一不幸なおんな」と言い張ってきかない。

しかし、現状を知ると「どこが?!」というほどセレブな生活を送るチカコなのだった。

そもそもの出会いは10年以上も前に遡る。北海道は札幌の観光農園を、友達と二人で訪れた時のことだった。軽食を摂ろうと園内の小さなレストランに入ると、そこは団体客で溢れていた。その時、隅の4人がけの席に独りで座っていたのがチカコだったのだ。「相席してもイイですか?」と尋ねる私達に、チカコは焼きとうもろこしにかぶりつきながら、目だけで「どうぞ」と合図を送ってきた。年齢も近そうだし、一人旅の様子だったので話しかけてみると、よほど寂しかったのか訪れた場所のことを機関銃のようにまくし立てた。そんなチカコとレストランを出る頃には、すっかり打ち解けそれからはしばし3人で園内の花を見つけてはパチリ、ポプラ並木が美しいと言ってはパチリと写真を撮 りあった。そして、後日写真を渡そうと連絡先を交換して別れた。

それから1週間後、写真を手にチカコに指定された東京駅地下の喫茶店に出向くと「実は私、北海道には死のうと思って行ったんです」なんて、穏やかならざる話を切り出して来た。これがチカコから聞かされる不幸話の始まりだった。

彼女は失恋の痛手から、死場所を求めて北の地に旅に出たのだとセツセツと語るのだった。いかに彼とは運命的な出会いをし、燃え上がったか。その楽しかった帰らざる日々。そしてやがて来る悲しい別れ。本や映画になったら、そりゃぁ涙をそそる話だとは思うものの、焼きとうもろこしにかぶりついていた、あの姿を見てしまった私としてはちょっとねぇ。チカコも話すだけ話しサッパリしたようだ。さて会計をしようと伝票を手に立ち上がると、隣の席に居た紳士が「私に払わせて下さい」と、私たちの分の伝票もさっと手にして行ってしまった。紳士はグループで来ていたようだったが、仲間とテーブルを囲んでいてもどうやら耳はこちらに向いていたらしい。“とうもろこしかぶりつき”の現場を見ていない紳士には、チカコが儚い恋に身をやつした幸薄い乙女に見えたのだろう。

ところが、紳士の姿が消えた直後にチカコの口から出た言葉は「ケーキも頼めば良かったね」。どこが薄幸の乙女やねん。絶対にかの紳士には聞かせられないぞ。

この喫茶店を皮切りに、何かにつけチカコは連絡をしてくるようになった。しかも、私にばかり。一緒に札幌を旅した友達は明らかにホッとした様子で「気に入られたんだから仲良くしてあげなさいよ」と、とっとと我関せずを決め込んでしまった。

チカコからの連絡内容はと言うと、雪が降った日は坂で滑って足首を捻挫したとか、台風の日は飛んで来た屋根瓦の破片が額をかすって怪我をしたとか「こんな目に遭う人が居るのねぇ」と、他人事として見ている気象ニュースに登場する“被害者”に、必ず含まれているのだった。

ポンズという、クレンジングクリームがある。ちょっと前まではズッシリと重い、白い陶器のような容器に入っていた。そのポンズで化粧落しをしようとドレッサーの前に座った途端に、足の上に落したという話も聞いた。「小指の骨が折れて、爪が剥がれちゃったの。痛かったぁ」。

そんなチカコが、お見合いをしたと言って来た。お相手は千葉の資産家の長男。「舅、姑、小姑もいるのよ。家も百年以上も前に建ったという古い日本家屋で暗そうなの。そんなトコ嫁ぎたくないのだけど、断ることのできない筋からの話なの…」と、又もや憂い顔。そんなに嫌なら遠慮はいらない、こちらに回せ。

しかし、散々、我が身の不幸を嘆きながらも、半年もしないうちに鶴と亀の切手が貼られた招待状が送られて来た。その披露宴の華やかなこと、盛大なこと。私が列席した中でブッチギリ1位の煌びやかさだった。料理が運ばれる前には、とてつもなく広い会場の、雛壇を除く3辺に一体何人いるのだろうと思うくらいのコックさんが、お馴染みの背の高いコック帽を被り、ズラリと並んで最敬礼。始めての光景じゃ、圧巻じゃぁ。その後のシャンパンタワーもグラスが何段あったのだろう、注がれるシャンパンが琥珀色に輝いて、それはそれは美しかった。テレビでしか見たことなかったが“生”はやはり感動する。

そんな式からミツキもすると、チカコは「舅、姑、小姑が冷たい。飼い猫、飼い犬が懐いてくれない」と嘆きの電話をかけてきた。そして「離婚するぅ、私には幸せな結婚生活は送れないんだわ」と不幸なおんなをかこって電話口でさめざめと泣くのだった。ところが、数日後には「妊娠していたの。仕事も辞めちゃったし、独りでは育てていけない。私には離婚することもできないんだわ」と、又もや不幸ぶっての電話が入った。

あれからはや7年。その間も、樹が大好きなご主人が名刺、電卓の枠、電話、車の内張りだけでは飽き足らず、カナダからログハウスを直輸入して住みだしたが、日本の風土にあわず、湿気の梅雨や暑さの夏に難儀しているとか、夫が“趣味”で開いたフランス・レストランにお気に入りの調度品を持っていってしまうとか、猫が三越のアジなら食べるがスーパーのではそっぽを向くとか、しがない会社員にとっては、グーで殴りたいような愚痴を「私ってこんなに不幸」という声音で言ってくる。

そうそう、あの時離婚を思いとどまらせた胎児も既に小学生。チカコに言わせると「宇宙人よ。言葉が通じないの」となる。「朝、起こしても起きないし、夜は寝せても寝ないし。宿題はしないし、忘れ物はするし…あんな親不孝な子供をもって不幸だわぁ」。

そんなチカコから届く年賀状も、暑中見舞いも毎回決まって家族3人が満面の笑みで写った顔写真付きなのだ。ン、今年の暑中見舞いのハガキに写っていた玄関はログハウスじゃなかったぞ。ということは、又もや敷地内に新居を作ったということか。何しろ「空撮したら、敷地内に知らない家が3軒写ってたの」と平気で話すチカコなのだから。

彼女にとっては、きっとそれも不幸の種になるのだろう。「敷地内に家が何軒あるのか分かりゃしない。不幸だわぁ」なんて。