「お利口さんは風邪を引かない」これが私の持論だった。お利口さんは平生からちゃんと自己管理をして風邪の菌などには負けないのだ、と。実はこれ、なぜか殆ど風邪を引かない我が身に「馬鹿は風邪を引かない」と言われたくないがための煙幕だったのだ。ところが、珍しくそんな私が風邪を引いてしまった。
朝、起きたら頭が痛い。喉も痛い。節々までもが痛みだし、少々吐き気すらする。休日だから、まだ横になっていてもいいというのに、気持ちが悪くて横になってもいられない。仕方なく起き上がってはみたものの、起きれば起きたで起きてられない。
♪どうすりゃいいのさ思案橋〜♪
取敢えずは(私は病人ではない!)と自分自身に言い聞かせてパジャマを脱ぎ捨てる。とは言え、キッチリした格好は辛いので、トレーナーの上下。縦も横も余裕のあるスウェットでは、パジャマとあまり変わり映えしないなぁ。
食卓前の椅子に座ろうとするが、高さのある椅子にきちんと座るのは骨がおれる。通販で買った、リクライニング式の大きめな座椅子に転がり込む。ああ、楽チン。
さてと、これからどうする?
取敢えずは、薬でしょう。薬を飲むには腹ごしらえでしょう。
薬は♪クシャミ3回ルル3錠♪を常備しているけれど、まともな食料があっただろうか。私は、休日にショッピング・カートを引きずって1週間分の食料をまとめ買いしている。ということは今現在、冷蔵庫はほぼ底をついている計算だ。常備している手製のカスピ海ヨーグルトと、残りわずかな牛乳と、リカコから貰って開けずにおいた東京ディズニー・シーのクッキーを齧り、おもむろにルル3錠を流し込む。効いてよねと祈る気持ちで。
なんとなく熱っぽさもあるので、体温も測ってみる。「フムフム、37度5分ね」。熱の数値は分かったけど、普段熱を測らない私には、これが高いのか低いのかすらわからない。兎に角、今の私の体温は37度5分なのである。ここは安静にするのが無難だろう。
座椅子にひっくり返ってのんびりとテレビを見る。さすがにパソコンを開いてゲームをやろうという気にはならない。あんなに毎晩夢中でやっているゲームをやらずにいられるなんて、案外重症なのかもしれないなぁ。吐く息も乾いた唇から熱を帯びて重〜くなっている感じだし、視界も心なしか霞んでいる。もしかして、もしかして、私はこのままコテッて天に召されてしまうのかも…。どこか具合が悪くなると、母がよく言ったものだ「まったくお前は、ノミがけつまずいたくらいでも大騒ぎする」って。
グデグデしていたら、喉の痛みが無くなった。頭の痛みも去ったようだ。おお、ルル3錠の効果は絶大なり。そろりと座椅子から起き上がり、パソコンでCDを見ることにする。『スタンド・アップ』という、アメリカで実際にあったセクハラ問題を扱った社会派ものと『Mr.&Mrs.スミス』という、夫婦が別々の組織に属する殺し屋という荒唐無稽の娯楽作品の2本を、社でトイメンに座るP氏から貰っていたのだった。何度も「ご覧になりましたか?」と聞かれているので「今度の連休に見せていただきます」と言ってしまった手前、そろそろ見てご報告せねば。勢い込んで、立て続けに5時間近いCD観賞をしたら、抜けたと思われた風邪の菌が、ドッと舞い戻って来た。アッタマ痛ぁ〜い。目も霞むぅ。駄目だこりゃ。風邪の時は、たとえゲームでなくともパソコンの画面が体に悪いということを身をもって、身に染みて知った。
今日は、もう寝た方が良さそうだ。ルルを飲んで布団を被って寝てしまおう。365日、どんなに疲れていても、呑んだくれていても入浴は欠かしたことが無いのだが、今日はパス。子供の頃、お風呂に入らずに布団に潜り込もうとすると、母から「お風呂に入らない子は廊下で寝なさい!!」と怒られた。それが根っこにあるせいか、かなり具合が悪くても湯船に浸かって来たけれど、50キロ以上離れた実家に居る母には、いくら遠視でも見えやしまい。女優の命の顔だけ洗って、今夜はベッドに潜り込むことを、この私が許可します。“認”
ささ、薬を飲むために何か口に入れましょうと、デジャビュのように冷蔵庫を漁るが、空の冷蔵庫が急に食べ物だらけになるはずはない。仕方がないので、冷凍室に積んであるベーグルを暖めることにしよう。表面についた氷を落とし、グルッとラップでくるんで、電子レンジに放り込む。目安はどのくらいかなぁ…2分弱でOKでしょうと、O型のおおらかさ(いい加減とも言う)でスイッチをON。コーヒー用にお湯を沸かしていると、ナ・ナ・ナンナンダ?! バンだかボンだかという音とともに、レンジの中が煙で見えなくなってしまった。そして、思いっきり焦げ臭い空気がリビングにまで漂流しだした。
おそるおそる電子レンジのドアを開くと、浦島太郎が玉手箱を開けた時がかくやと思われるような、白い煙がモクモクと涌いて出る、涌いて出る。あまりの凄まじさに電子レンジ自体が爆発したのかと、慌ててリビングに避難した。
卵を電子レンジで加熱すると爆発するとは聞いていたが、その成分が入ったベーグルと電子レンジは相性悪いとは知らなかったなぁ。それにしても、電子レンジのドアを開けた途端に、リビングに逃げた時の私のその素早さ、その瞬間に風邪が吹き飛んでしまったようだ。
チャップリンは、人生には「夢と勇気と少しのお金」があればいいと言ったらしいけど、私が風邪を治すには「ルルと座椅子と少しの刺激」があればOKということか。
弊社の弊局では月に1度、100人を優に超える局員を集めての大会議が、社内の1番大きな会議室を使って執り行われる。
しかし、会議とは名ばかりでズラッと並んだ局長、局次長以下、部長クラスのお歴々が、ただただ一方的にひと月の成果やら、今月の達成目標やらを捲くし立てる。その他大勢は、ただただ拝聴するだけだ。中には、社会情勢やら越し方行く末まで語りだすような輩もいる。こちらがいい加減うんざりした頃に「では、あと3点だけ」なんて言葉を吐きながら、3点がそれぞれマタマタ3ツにも4ツにも枝分かれしていたりするのだから始末に負えない。
3人ずつ座れる机が3列並んだ拝聴要員の席は、早いもの勝ちなので会議の始まる20分も前から座席を確保している人も大勢いる。中には、筆記具を置いて席を確保した上で、ギリギリまで仕事をしているというガンバルマンも居る。
一方的に話すだけなら、何もワザワザ集まる必要も無く局内のネットに載せればいいようなものだと思うのだが、長らく拝聴要員でいた人達が昇進したら、自分もじっくり喋ってやろうとでも思っているのだろうか。それではシゴキの酷い運動部じゃないかぁ。
しかし、毎月の会議故、聞く方も慣れたもの。しかつめらしい顔をしながら実は携帯でゲームに興じる人、新聞あるいは雑誌を読む人、瞑想にふける人と様々だ。そして何と言っても大多数を占めるのは居眠り派。机に突っ伏すまではいかないが、肘がツツツとずれて体がどんどん傾いて行く。それでも、通勤電車や映画館で見かけるような、鼾をかく人がいないのはさすがだ。
救いは、会議室に「飲食厳禁」の貼り紙が無いこと。さすがに食べ物を持ち込む人は居ないが、殆どの人が思い思いの飲み物持参でやってくる。聞いて役立つ内容は全くと言ってよいほど無いのだから、ここは勝手にアンケート。皆さん何をお飲みかな。
グルリと見回すと圧倒的に多いのがペット・ボトルの日本茶だ。そしてその種類の多さに驚かされる。お馴染みの伊藤園は“お〜いお茶”から始まって、ふかみ、濃い茶、キリンの生茶、コカコーラの一(はじめ)、アサヒ旨茶、十六茶、若武者、そして大塚ベバレジの、その名も“お茶”。他には午後の紅茶、ジャスミンティー、そして南アルプスの水やら、サントリー天然水。自販機や、スタバやドトールのコーヒー容器の人も居る。ちょっと異色だったのは伊藤園の“1日分の野菜”。会議の内容より、よっぽど体によさそうだ。
飲み物の“勝手にアンケート”も終わってしまった。今度は、会議室に並ぶ後姿をじっくりと眺めるとしよう。
アラ田中さん、いつの間にあんなに後頭部がデルタ地帯と化してしまったのかしら。高橋さんはカルデラ状態。山田さんの白髪は、ツキノワグマの首のように裾の方だけ、グルリと白い輪になった珍しい形状だ。ついこの間までキッチリ7×3に分けていた鈴木さんが、なんとモヒカンもどきにサイドを刈り上げているじゃない。普段は裸眼なのに資料を見る時だけは東国原知事のように眼鏡をかけ始めた人もいる。何しろ百人から居るのである。初めての発見や、意外な一面を見つけることもでき、これはなかなか面白い。
遠い所から一人ひとり目で追っていたら玉石混合の、ほぼ石っころだらけの中に光る玉を見つけることができた。山口さんだ。いつも、とんでもない部署だと嘆き、局員の悪いトコばかりをあげつらっている私ではあるけれど、山口さんは別。兎に角紳士なのだ。物静かで丁寧で、声を荒げているところを見たことがない。難しい仕事もスンナリこなすし、いつも余裕の笑みを浮かべている。人格的には大物なのだが体はかなり小柄で童顔だ。もう、ポケットに入れて持ち帰りたいくらい。
そんな山口さんが、右斜め前にいらっしゃるではないの。気付いてからは方向を定め、熱い視線を送り続ける。きっと振り向いて、二人の視線は混じり愛(ワッ、漢字変換までこんなんが出ちゃったヨ)絡み合い…ウフフ。けれども、山口さんは局長の話を聞きながら熱心にメモをとっている。視線はひな壇の局長に向いたままだ。それでも、じっと見つめていると隣の男性が振り返った。ゲゲッ、石も石。見たくもないエンドウだ。青木さやかばりに「何処見てんのよ!!」と言って舌打ちをしたいくらいに嫌いなヤツだ。ムッとしながら、遭ってしまった視線を外す。なんだって、山口さんとエンドウが並んで座っているのよ。
それからも、山口さんを見るとご本尊は確り前を向き微動だにしないのに、エンドウがなぜかチラと振り返る。前を向け!お前なんぞに用は無い!!
この会議で、100人を超える烏合の衆が居眠りこきこき時間が通り過ぎるのを待って居る中で、たった一人忙しく走り回っている青年が居る。その名も“サイトウユウキ”君。もちろん、かのお方とは同姓同名の別人である。昨年入社した1番の下っ端だ。次の新入社員が入るまでは局のパシリを一手に引き受けざるを得ない立場。なので、ひな壇の局長以下が話をする際、司会の指名に従って水色のハンカチならぬマイクを片手に、その“話し手”の元へ走らなくてはならない。痩身を濃紺のスーツに包み、サッパリと刈り込んだ髪、こちらも早稲田の“サイトウユウキ”君に負けないくらい爽やかな青年だ。ひな壇の前を右へ左へと走り回っている姿に、思わず水色のハンカチを差し出したくなってしまう。ガンバレ弊局の“サイトウユウキ”。
かくして、無味乾燥な弊局の全体会議は、来月も再来月もその又先も続くのだった。話を聞いたふりしながら時間を潰す、良い方法があったら是非、教えてもらいたいものである。
今年になって初めて、我が母で我が侭のトラうさぎがやって来た。数日前に電話がかかり「○日の土曜日、会社は?」と訊く。私の居る部署はサービス業でもないのに、土曜日はおろか、日・祭日まで出社する場合があるので、先の問いになったわけだ。その日は出社の予定だったので、その旨伝えると「じゃぁ、会社が終わる頃に行くから」と、いとも簡単に言って来た。退社後も翌日の日曜の予定もたずねないままにだ。これが、我が侭トラうさぎたる所以でもある。
さすがに会社を休めとまでは言わないが「行くから」と言ったら来るのである。義妹が調べて連絡してくる時間に、私は万難を排しててトラうさぎをホームまでお出迎えに行かねばならない。駅の改札口や、銀の鈴だ、動輪の広場だ、ハチ公前だと言っても分かるはずがないのが分かっているから、わざわざホームまで行かねばならないのだ。しかも、ホームで待っていても毎回違う車輌から降りて来るから困る。「1番前に乗るから」と言っていながら1番後ろの車両から現れたり、その逆やら真ん中だったり。その都度、人混みのホームを探し回らねばならない。しかも「降りたら、動くな!」と言ってあるのに、平気で歩きまわるものだから益々見つけられやしない。やっと見つけて近寄ると「何処に居たのよ?!」って。それはこっちの台詞です。
今回は夕暮れのオフィス街を見せてやろうと、大手町・丸の内・有楽町を走るシャトルバスで東京駅の目の前、三菱ビル停留所まで行った。後日、その時見た工事中の新丸ビルでボヤ騒ぎがあったものだから「あのビルだよね。大丈夫だった? 心配したよぉ。ちゃんと工事は進んでる?」と、電話がかかってきた。あのね、あのビルはお母さんの物ではありませんから。
夕食は、目先を変えてトラうさぎには馴染みの無いアジアン料理にした。“コリアンダー・ダイニング”という名で、リカコに連れて行ってもらい、すっかりお気に入りになった所だ。一通り料理を頼んで、飲み物を聞かれると「お茶」と一言。でも、お茶がジャスミン・ティーと聞くや「臭いから要らない」。そして、コリアンダー・ダイニングに入っていながら「パクチは嫌い!!」。先に言ってよ、ちゃんとアジア料理で香菜入りだと念を押したじゃない。それでも焼き鳥のようなサテと、ベトナムの麺フォーは、お気に召したらしい。やれやれ一安心。会計を済ませて店を後にすると途端に聞いてくる「いくらかかった?」。大まかに返事をすると「そんな高いのぉ、ラーメンで良かったのに」。
娘の部屋に着くと、おもむろに埼玉の片田舎から運んで来たもののご開帳だ。黄色いパンジー、姪にことづかって来たという、ほぼひと月遅れの誕生日プレゼント。着替えと携帯電話。今回は重い思いをしてゴチャゴチャ持って来たわけではなかったのだと思ったところへ宅急便が届く。送り主は、もちろん寅うさぎだ。そして出てくる出てくる。白菜の漬物、義妹の手作り味噌、お煎餅、カステラ、最中、チョコレート、胡桃と小魚の佃煮、煮干、インスタントコーヒー、果物の缶詰etc もう充分過ぎると思っているのに「慌てて荷造りしたから、お餅と豆を入れはぐった」なんて、ため息をついている。これだけの物を、母がいる間にしっかり食べさせなきゃ後が大変と、私もため息が出る。
翌日はノンビリ起き朝食代わりに、しこたまあるスイーツを食べる。ベランダの鉢植えをいじって、入浴。そのまま昼寝。お目覚めの後もスイーツを食べてテレビを見て、入浴してスイーツを食べて…。「去年買ったズボンがキツイ」って、そりゃ自然の摂理でしょう。
カラオケだ、ゲートボールだ、隣組の集会だと忙しい母は、2泊して帰ると言う。さすがにお風呂に入ってスイーツを食べてだけで帰ったとあっては、実家で待つ豚弟夫妻の手前、姉上様の威厳にかかわる。品川プリンスホテルの水族館、エプソン品川アクアスタジアムへ連れて行くことにする。開設された当初は3時間待ちなどと聞いたが、平日の昼下がり、館内は空いていた。
鋸エイのいかつい顔(?)に迎えられ、ファイティング・ミモのモデル、くまのみがイソギンチャクに戯れる所を見ていると「イルカのショーが行われます」のアナウンス。誘われて、イルカプールへ進むと海の香りが爽やかだ。テレビではよく見るが、やはり生は違う。ジャンプや猛烈な勢いで泳ぐスピードに圧倒される。晴れ女母娘は館内に傘を持ち込んでる人が多いのを見て「こんな天気にどこから来た人達だろうね」などと話していたのだが、イルカが宙返りしてプールに飛び込む時の水しぶきを見て納得。こういう迫力の場面を最前列で見ようという人達だったのだ。
イルカの次はアシカ。お姉さんとお兄さんが、それぞれに調教したアシカを相手に、コント仕掛けで芸を披露する。息の合った漫才を見ているようでアシカのはずなのに「人間か?!」と突っ込みを入れてしまいたくなるほどの名演技だ。拍手や歓声を測定した結果が100ホーンを超えたという。因みに100ホーンとは電車が通るガード下の音量だとか。満員でもないのに凄いなぁと客席を見渡してみれば、アララ我々以外は殆どカップルじゃありませんか?! 拍手と歓声と熱波も伝わった結果かも知れない。
ペンギンの食事の様子も見ることができた。飼育のお姉さんに水族館のガイドさんが尋ねる「お姉さんはペンギンを一羽一羽、見分けられますか?」。このお姉さん、実にサバサバと答えてくれる「全く分かりません」「足につけられた環で見分けてます。この子は青と黄色がついてますからアオキさん。あっちのは青と黄色と白がついてますから、アオキシローさんって感じです」。「雄と雌の違いは分かりますか?」の問いにも「全く分かりません。卵を産んだら女の子です」。とキッパリ。そう言えば人間でも、歌手のイルカを、子供を産むまで男性だと思っていた人がけっこういたらしいという話を聞いたっけ。
まさか、卵も子供も産んでいないこのワタクシを、男性だと思っている人はいないでしょうね?! 名前が“姫宮恵子”だからと言っても、かの大芸人、三木のり平さんのご本名は田沼則子さんと書くしねぇ。
テレビ東京のトーク番組『カンブリア宮殿』が面白い。
長崎のカメラ店を、自ら独特の口調でTVショッピングに出演し、年商1000億円の通販会社に成長させた“ジャパネットたかた”の高田明社長、“男前豆腐”や“風に吹かれて豆腐屋ジョニー”なんていう、普通は考えもつかないようなネーミングで、高級豆腐を売りまくっている伊藤信吾社長といった、経済界に新風を巻き起こしているような人達から、歌舞伎の中村勘三郎丈、メジャーリーグの松井秀喜、サッカーの三浦知良といった人までがゲストに招かれる。そこでは司会者とのトークだけでなく、観客の質問を受けたり、事前に寄せられた、ゲストのキャリアとは関係無いような、番組宛の質問ハガキにも答えるという趣向も展開される。
司会は作家の村上龍氏。初めて見た時は、そのたどたどしい物言いに(大丈夫ぅ?)って、画面のこちら側でハラハラしたものだが、その朴訥とした進行が今では魅力に思える。立て板に水ではなく、おろし金にトリモチのようにあっちでひっかかり、こっちで引っ張られながらの質問に、回答者もついつい本音をもらすという雰囲気がかもし出されている。
先日のゲストは片寄斗史子さん。50代からの雑誌と銘打った『いきいき』を世に出しているユーリーグの副社長だ。創刊時174部だった『いきいき』を、今では43万部もの大出版物にした編集長でもある。本に連動して販売される服や雑貨を購入する読者のライフスタイルや、編集長自らツアコンを買って出ての旅行の様子もビデオで流された。そこに登場する熟年婦人の元気なこと。
この状況を見ての村上氏のコメントが振るっていた。「熟年女性は旅行に行っても何かを吸収しようと元気だし、趣味でも多岐に渡っているのに、年輩の男性はと言えば“そば打ち”しかないんだよね。特集って言うとそば打ちなんだよね」。
私でさえ(そうだそうだ)って思うのだから、納得した団塊の世代のおとうさんはあまたいることだろう。そして、この私はそば打ちすらできないが、こんな無趣味を絵に描いたような寂しい人生を送る私の周りにも趣味に興じる“妙齢のご婦人”は、けっこう居る。私はそういう方々に畏敬の念を覚えつつ、お話だけは聞かせてもらっているのだった。
2歳年長の清子ちゃんはフラダンスだ。始めたきっかけは「なんでもいいから“踊り”を習いたかったのよ」だとか。そして、市の広報誌の「手話のように手と体で言葉を紡ぎます」の言葉にビビビッと反応して飛びついた。早速、近くの大型スーパーが開催するフラダンス教室に申し込んだ。「即、入るって決めちゃったのよね」。それから5年がたつ。
ほぼ1年通ったところで、スーパー主催の教室では飽き足らなくなり、探し回った今の教室は「とにかく、先生の踊りが好きなの」と、全身全霊で打ち込んでいる。踊りだけではなく、曲の内容を知るために“ハワイ語”を勉強するための教室にも通っている。ハワイ語なんて言語があることすら、清子ちゃんから聞くまで知らなかった。フラダンスもハワイ語を勉強することによって、ハワイの文化や歴史まで学べ、より深みが出るのだそうな。
私の誕生日には、これまた別の教室で学んだハワイアン・キルトのクッションや、手提げ袋を贈ってくれる。パッケージには、やはりお手製のレイがアレンジして飾られているという念の入れようだ。
昨年は初めて“大会”なるものに参加して見事5位に入賞したという、その時の写真を見せてもらった。何チーム出場しての5位だか、どの程度の大会の5位だかは聞きそびれてしまったが、兎に角初出場での快挙には違いない。
その時の写真の清子ちゃんは付けまつげもバッチリ決まり、お肌も上気してピンク色。ネール・アートしてもらった爪の先まで輝いている。「元の爪の倍くらいの長さになって炊事なんて出来ないわよ」って。そんな時、先生がおっしゃったのだそうだ「ご主人に言いなさい。私はダンサーよって」。
大会に出るにあたっては、本場ハワイまで行って特別授業も受けた。生演奏のバンドも呼び、衣装も揃えた。そんなこんな、みんなコミコミにすると、なんと71万円也が飛んで行った勘定になるらしい。「高いでしょう?!」「これから、パートに精出して稼がなきゃ」なんて言いながら、その笑顔はハワイの空のように飛びっきりに華やかだった。(行ったことないけど)
清子ちゃんより、もちょっとお姉さんの私の従姉妹は、10年以上続けていた民謡から、半年ほど前に大正琴に乗り換えた。すると、その教室には「牢名主ならぬ琴名主がいるのよ」。長くお稽古に通っている大先輩が、先生より怖い存在なんだとか。「先生は月謝を貰う身だから私達はお客様だけど、琴名主は月謝を払いながら仕切ってるんだから大威張りよ」って、聞いただけでも恐ろしい。休みの日、アポ無しで従姉妹の家を訪ねると、これから稽古に行くという所だった。「帰って来るまで待っててね」と恐縮しながらも「遅れると琴名主に怒られるから」と、そそくさと出かけて行った。「俺のこともあのくらい怖がってくれないかねぇ」なんてこぼしながら、私が「お兄さん」と呼ぶ従姉妹の旦那さんが慣れた手つきでお茶を入れてくれた。
踏まれても、折られても小母さんは強い。お稽古デビューで、先生より怖い先輩達にもまれながら、より強く逞しくなって行く。そして、いつか琴名主のような先輩達より上手くなってやるという思いが、稽古熱に拍車をかけるようだ。この辺が、村上龍氏の嘆きのように小父さん達との大きな違いだろうな。
姫体質の私には、琴名主に打ち勝つパワーも無ければ、パートで稼ぐ体力も無い。どうやら、おいてけぼりにされた熟年の「お兄さん」達と一緒に、お茶を飲んでいるのが似合っているようだ。