今年になって初めて、我が母で我が侭のトラうさぎがやって来た。数日前に電話がかかり「○日の土曜日、会社は?」と訊く。私の居る部署はサービス業でもないのに、土曜日はおろか、日・祭日まで出社する場合があるので、先の問いになったわけだ。その日は出社の予定だったので、その旨伝えると「じゃぁ、会社が終わる頃に行くから」と、いとも簡単に言って来た。退社後も翌日の日曜の予定もたずねないままにだ。これが、我が侭トラうさぎたる所以でもある。
さすがに会社を休めとまでは言わないが「行くから」と言ったら来るのである。義妹が調べて連絡してくる時間に、私は万難を排しててトラうさぎをホームまでお出迎えに行かねばならない。駅の改札口や、銀の鈴だ、動輪の広場だ、ハチ公前だと言っても分かるはずがないのが分かっているから、わざわざホームまで行かねばならないのだ。しかも、ホームで待っていても毎回違う車輌から降りて来るから困る。「1番前に乗るから」と言っていながら1番後ろの車両から現れたり、その逆やら真ん中だったり。その都度、人混みのホームを探し回らねばならない。しかも「降りたら、動くな!」と言ってあるのに、平気で歩きまわるものだから益々見つけられやしない。やっと見つけて近寄ると「何処に居たのよ?!」って。それはこっちの台詞です。
今回は夕暮れのオフィス街を見せてやろうと、大手町・丸の内・有楽町を走るシャトルバスで東京駅の目の前、三菱ビル停留所まで行った。後日、その時見た工事中の新丸ビルでボヤ騒ぎがあったものだから「あのビルだよね。大丈夫だった? 心配したよぉ。ちゃんと工事は進んでる?」と、電話がかかってきた。あのね、あのビルはお母さんの物ではありませんから。
夕食は、目先を変えてトラうさぎには馴染みの無いアジアン料理にした。“コリアンダー・ダイニング”という名で、リカコに連れて行ってもらい、すっかりお気に入りになった所だ。一通り料理を頼んで、飲み物を聞かれると「お茶」と一言。でも、お茶がジャスミン・ティーと聞くや「臭いから要らない」。そして、コリアンダー・ダイニングに入っていながら「パクチは嫌い!!」。先に言ってよ、ちゃんとアジア料理で香菜入りだと念を押したじゃない。それでも焼き鳥のようなサテと、ベトナムの麺フォーは、お気に召したらしい。やれやれ一安心。会計を済ませて店を後にすると途端に聞いてくる「いくらかかった?」。大まかに返事をすると「そんな高いのぉ、ラーメンで良かったのに」。
娘の部屋に着くと、おもむろに埼玉の片田舎から運んで来たもののご開帳だ。黄色いパンジー、姪にことづかって来たという、ほぼひと月遅れの誕生日プレゼント。着替えと携帯電話。今回は重い思いをしてゴチャゴチャ持って来たわけではなかったのだと思ったところへ宅急便が届く。送り主は、もちろん寅うさぎだ。そして出てくる出てくる。白菜の漬物、義妹の手作り味噌、お煎餅、カステラ、最中、チョコレート、胡桃と小魚の佃煮、煮干、インスタントコーヒー、果物の缶詰etc もう充分過ぎると思っているのに「慌てて荷造りしたから、お餅と豆を入れはぐった」なんて、ため息をついている。これだけの物を、母がいる間にしっかり食べさせなきゃ後が大変と、私もため息が出る。
翌日はノンビリ起き朝食代わりに、しこたまあるスイーツを食べる。ベランダの鉢植えをいじって、入浴。そのまま昼寝。お目覚めの後もスイーツを食べてテレビを見て、入浴してスイーツを食べて…。「去年買ったズボンがキツイ」って、そりゃ自然の摂理でしょう。
カラオケだ、ゲートボールだ、隣組の集会だと忙しい母は、2泊して帰ると言う。さすがにお風呂に入ってスイーツを食べてだけで帰ったとあっては、実家で待つ豚弟夫妻の手前、姉上様の威厳にかかわる。品川プリンスホテルの水族館、エプソン品川アクアスタジアムへ連れて行くことにする。開設された当初は3時間待ちなどと聞いたが、平日の昼下がり、館内は空いていた。
鋸エイのいかつい顔(?)に迎えられ、ファイティング・ミモのモデル、くまのみがイソギンチャクに戯れる所を見ていると「イルカのショーが行われます」のアナウンス。誘われて、イルカプールへ進むと海の香りが爽やかだ。テレビではよく見るが、やはり生は違う。ジャンプや猛烈な勢いで泳ぐスピードに圧倒される。晴れ女母娘は館内に傘を持ち込んでる人が多いのを見て「こんな天気にどこから来た人達だろうね」などと話していたのだが、イルカが宙返りしてプールに飛び込む時の水しぶきを見て納得。こういう迫力の場面を最前列で見ようという人達だったのだ。
イルカの次はアシカ。お姉さんとお兄さんが、それぞれに調教したアシカを相手に、コント仕掛けで芸を披露する。息の合った漫才を見ているようでアシカのはずなのに「人間か?!」と突っ込みを入れてしまいたくなるほどの名演技だ。拍手や歓声を測定した結果が100ホーンを超えたという。因みに100ホーンとは電車が通るガード下の音量だとか。満員でもないのに凄いなぁと客席を見渡してみれば、アララ我々以外は殆どカップルじゃありませんか?! 拍手と歓声と熱波も伝わった結果かも知れない。
ペンギンの食事の様子も見ることができた。飼育のお姉さんに水族館のガイドさんが尋ねる「お姉さんはペンギンを一羽一羽、見分けられますか?」。このお姉さん、実にサバサバと答えてくれる「全く分かりません」「足につけられた環で見分けてます。この子は青と黄色がついてますからアオキさん。あっちのは青と黄色と白がついてますから、アオキシローさんって感じです」。「雄と雌の違いは分かりますか?」の問いにも「全く分かりません。卵を産んだら女の子です」。とキッパリ。そう言えば人間でも、歌手のイルカを、子供を産むまで男性だと思っていた人がけっこういたらしいという話を聞いたっけ。
まさか、卵も子供も産んでいないこのワタクシを、男性だと思っている人はいないでしょうね?! 名前が“姫宮恵子”だからと言っても、かの大芸人、三木のり平さんのご本名は田沼則子さんと書くしねぇ。