丸山部長が他界された。私が入社して、最初に配属された部の長が丸山部長だった。退社され、とっくに部長ではなくなっていたわけだが、私の中では退社されようが、何年たとうが丸山部長は丸山部長のままだった。
丸山部長は、一言で表すと“優しい”方だった。もう一言つけ加えると“誠実”で、もっと付け加えるなら、穏やかで几帳面な方だった。
そんな人が部長だった我が部は、とっても家庭的で和気藹々としていた。高度経済成長期という良き時代に行われていた社の催しには、必ず部員全員揃って参加した。野球大会、バレーボール大会、運動会、オリエンテーリング。しかし、実力はどれを取ってもダントツの最下位。野球大会に出れば、アンパイヤの後ろにもう一人キャッチャーを置かなきゃならないような、キャッチャー・ミットに向かって球が投げられないピッチャーしかいないし、球の捕れないキャッチャーしかいない。たまたまヒットが続いても、一つの塁の上で走者が同時に二人立ってしまうという、日ハム新庄の幻のサヨナラ本塁打並みの珍現象もやらかしてしまう。運良く(?)対戦相手になったチームも、その辺は直ぐに察して我がチームが攻撃の時は、ちょっとでも球がバットにかすればヒットにしてやろうというお慈悲をかけてくれていた。それでも、アッと言う間に攻撃は終わってしまうのだが、中には凡フライを必死で捕ろうとする人も居る。当たり前のことをしているのに、その必死の人に対しては、味方からも審判からまでもブーイングが起こる。「あのバカ捕っちゃったよ」って。
バレーボールもしかり。イデタチからして「中学生の息子の上履きを借りて来ちゃった」という次長や、どう見ても肌着の丸首シャツとズボンで参戦の嘱託のオジサマ。さすがにスカートはまずいでしょ?! という、まゆみお姉さん。ネットを挟んで整列した相手チームは(弊社にもこんなお兄さん達が居たのねぇ)と見とれるような、逞しいスポーツマン体型の人たちばかりだ。そのお兄さん達に向かって審判がキッパリと宣言する。「私はこちらのチームの味方ですから」。こちらのチームとは、どう見ても最初から負けが目に見えている我々のチームだ。それでも相手チームから不平が出ないのはどういうこっちゃ。
結果は火を見るよりもあきらかで、どんだけ審判が贔屓してくれてもフルセットを戦いながら、たった7分で完膚無きままに破れ果てた。その後、ゾロゾロと神田はガード下の、故高円宮もご贔屓だったという“升亀”の2階に上がり、残念会。名目は残念会だが、誰一人残念そうな顔は無く、試合に費やした7分より遥かに長い時間を飲んで食べて盛り上がったものだ。そんな時も、下戸の丸山部長は「お疲れ様ぁ」の乾杯で“金時の火事見舞い”とはかくやというくらいに顔から首から真っ赤。それでもニコニコと部員達のお喋りに聞き入っている。残念会が終わると二次会を募る呑ん兵衛さん組と、甘い物は別腹と喫茶店に向かう女性陣との二手に分かれる。お酒の飲めない丸山部長は、いつも女性陣に加わり、お砂糖をタップリ入れたコーヒーを飲みながら、美味しそうにショートケーキを頬張るのだった。そんな様子を見て“最近の女の子”なら「可愛い!!」って口を揃えたに違いない。
丸山部長が似ていた有名人を挙げるなら、現在野球解説をされている関根潤三氏が近いだろうか。ご自宅に居る時は大島でも着て寛いでいるというイメージがある。だから、奥様も私の中では八千草薫のような雰囲気の方を想像していた。やはり和服で楚々として控えめで…。
お正月に、部長がご自宅に部員を招いてくれるというので、関根潤三と八千草薫が並んだ所を想像しながら、私は横浜の坂道を昇って行った。「いらっしゃい!!」と、大きな声で鉄扉を開けてくれたのはエメラルドグリーンのスラックスにラメの入った銀色のセーター、そして金髪に近い栗色のショート・カットの女性だった。部長さまのお宅だからお手伝いさんがおいでになる? それにしては、いやに威風堂々としている。やっぱり、奥様なのだろうか。私だけでなく、一緒に行った同僚の頭の中をも?マークが駆け巡った。
「やぁ、いらっしゃい」。奥からの声の主は丸山部長だ。こちらは私の想像に違わず、グレーの和服姿でにこやかに現れた。部長が私と同僚を紹介してくれると傍らの、八千草薫とは180度違ったタイプの女性が「いつも会社では、ご面倒おかけしてるのでしょう。ごめんなさいねぇ」と言うや、カンラカラカラと豪快に笑った。度肝を抜かれた我々は「はぁ」とか「いぇ」とか言うのが精一杯だった。
お正月の集い故、お年玉の話にも花が咲いた。その時、丸山部長が嬉しそうにおっしゃった。「お年玉だと言って、家族から掃除機をもらったんだよぉ」。会社のデスクも綺麗に使ってらっしゃるのは知っていたが、部長の趣味が掃除だという事を、この時部員は初めて聞かされたわけだ。「いやぁ、嬉しくてさぁ。何度も何度も家の中を掃除機かけちゃうよぉ」。「前に使っていたのは古くてね、吸い込みも弱いし、コードもうまく巻き戻らなくなっていたんだよ。新しいのはいいよぉ。ドンドン吸い込むしコードは一発で巻き戻るもんだから何度も引き出しては、巻き戻してるんだ」。まるで、子供が大好きなミニチュア・カーの説明をしているように、目を輝かして、なめらかなご説明だ。その横には「私は掃除、大嫌いなのにパパが喜んでやってくれるものだから助かっちゃうわぁ」と、又もやカンラカラカラと笑う、ちょいと派手目の奥様が寄り添う。お似合いのご夫婦ってこういうものなのかぁと、入社間もなかった乙女はちょっとしたカルチャー・ショックを受けたものだ。
丸山部長の訃報に接し入社早々の良き思い出に浸る、ちょっとだけ歳月を重ねた乙女なのだった。
丸山部長も空の上から「あの頃は面白かったねぇ」と、微笑んでいらっしゃるような気がする。合掌。
「あ! 来週の金曜日、ひょっとして休める? あのね、自衛隊の音楽祭が武道館であるのだ。これはブラスバンド好きにはたまらん音楽祭でね、全国の自衛隊の音楽隊+日本駐在の米軍音楽隊なんかがいっぺんに集まって演奏する。いわゆるマーチング・バンド。チケットは、それはもう入手困難なプラチナチケット。午後2時の部のチケット二人分持っている大物の私。どや、一緒に行こやないか」
京都生まれの京都育ち、生粋の京おんなながら、そのイメージを根底からひっくり返すだけの実力者(?)美里姐さんから、誘ってるのだか自慢してるのだか、脅してるのだか分からないが、兎に角めったに拝めそうもない素晴らしい催し物へのご案内メールが届いた。
武道館でのマーチング・バンド。いいなぁ、その手のものは昔から大好きだ。
ズボンを腰より低い位置で履き、ずるずると引きずって歩く“男の子”。黄色人種には似合わないと言うか、汚いとさえ思えるお腹を出して街を闊歩する“女の子”。伝説の漫才師、人生航路ではないけれど「責任者出て来い!!」と言いたくなるような乱れたガキンチョが跋扈している風潮の嘆かわしいニッポン。その対極の、皺一つなくキリリと整えられた制服姿。隊列を組んでの吹奏楽。爽やかだなぁ、凛々しいなぁ。ああ、打ち震える感動に頬を紅潮させながら手拍子、足踏みをしている私が見える。「行きます!! 私を武道館に連れてって」思いっきり手を挙げたかったのだが…気がつけば私って哀しい宮仕えだったのよねぇ。“来週の金曜日”は、前々から決められていた新しい業務のテストがある日だった。しかも私はそのテストの“担当者”。ひょっとしても休めるなどということは無さそうだ。でも一応、テストの相手方に聞くだけは聞いてみよう。案外、相手も音楽祭に誘われているかも知れないではないか。
美里姐さんには、暫し待たれよの事情説明メールを送った。打てば響くように届いた返信には「脅すなりすかすなり、なんなりして休みを勝ち取れ! 行けー! ジャンジャンジャンジャカジャンジャン ジャンジャンジャンジャンジャン♪」と、マーチング・バンドの音が高らかに鳴り響いていた。
ジャンジャンジャンジャンジャン♪に送られて、私も先方に勢い込んで電話をしたのだが、肝心の“担当者”は出張中で、こちらの退社時間にならないと戻って来ないと言う。ここで再び、律儀な私は姐さんに経緯を報告。
「マーチング・バンドよ、マーチング! 参加音楽隊の数も凄いし、マーチングすんのだぞ。おまけに!今までの例でいくと、例年必ず防衛大学校の儀仗隊が出演する。若くて可愛くて清々しい! これに行かんでドナイするのや!!」と、明らかにお誘いから、脅しへと変わった返信が、またまたアッと言う間に届いた。
しかし残念乍ら、出張から帰って来た先方は音楽祭に誘われているそぶりも無い。テストの“担当者”であるところのワタクシは、来週の金曜日「突然の頭痛、腹痛、親が危篤」にでもならない限り、休むことはまかりならないという結論が出た。確かに、人間様対人間様ならいざしらず、機械という、血も涙も無く融通の利かない参加者が居るもので、日にちをずらしてもらうことはなかなかに難しい。私も、いっくらジャンジャンジャンジャンジャン♪と、マーチング・バンドに後押しされても、会社員としてゴリ押しはできません。仕方なく、どんな場合でもゴリ押しできそうな美里姐さんに「折角のお招きではありますが、誠にもって残念ながら如何ともし難く」と、謝りのメールを送った。
「それでも、どうにかせい!!」とは、さすがの美里姐さんもおっしゃらなかった。「最近めげとるようなので、せめて壮大なブラスバンドのマーチングでも見せてやりたいという温かい友情なのでありましたよ。感謝せい。ほな代打を探すがそれでええんやな」という、ハートウォーミングな最後通告が届いた。
残念無念、会社で律儀に“担当者”をやってるより、武道館に行った方がどんだけ心弾むことか。浮世の憂さも吹き飛んだことだろうに。
今年、自衛隊という冠のついた催しに行けなくなったのはこれで2度目だ。夏場には、富士の裾野で戦車に乗るという、又と無い体験をオジャンにしている。知り合いの、その又知り合いに自衛隊の元、かなりのお偉いさんが居てその人が陸上自衛隊富士駐屯地祭に呼んでくれると言う。観閲行進や車両の体験搭乗というのが主な行事で、想像しただけでも血沸き肉踊るではないですか。鍛え抜かれた精鋭が一糸乱れぬ行進をするお姿を、目の当たりにできるのだ。そして、どんな高級車より「戦車に乗った」の一言の方が、どれだけ迫力があることか。駐屯地での食事も体験できるという話だった。こちらは夏真っ盛りの7月23日のことだった。ところが22日の夜になって「私が運転する車に乗せて行ってあげる」と言ってくれていた友達の家にご不幸があり、本人が消え入ってしまうのではないかというほどのか細い声で「ごめんね、あなただけ行って」の連絡が入った。「とんでもない、そんなことできないよ。それより元気を出してネ」と友達を勇気づける心優しい私だった。
その時は友達が心配だったし、イソップ童話の『きつねと葡萄』ではないけれど「こんな暑い時に富士山くんだりまで行ってもねぇ」などと思って戦車の件は考えないことにした。けれども、今回の一件もあわせるとちょっと切ないなぁ。2度あることは3度ある。年内にあと1度、自衛隊にお招きを受けながら涙を飲む出来事があるのだろうか。
ン、高田渡氏が現れて♪自衛隊に入ろう♪と誘われたら、これは3度目の正直ではなく、2度あることは3度あるで丁重にお断りさせていただくとしよう。
この春に、会社が是非ともと言うので昇進してやった。
昇進などしなくても、もとより私は“デキル”人間であり、どの職場でもソコの長より遥かに偉いのだ。だから、そんなワタクシに今更、昇進でもないのだが、これも浮世の義理、仕方なく受けてやった。
3月1日付けの人事だから、その日に開かれる「申告会」なるものに出席せよと言われ、貴重な時間を割いて出てみたら、社長の長々とした演説を聞かされた。“施政方針”演説といったところだ。はいはい、頑張って下さいね。
4月になったら、今更学ぶことなどサラサラあろうはずがないこのワタクシに、昇進したのだから研修を受けろというお達しがあった。『人事考課について』の研修だという。部下をどのように評価するかという勉強なのだそうだ。そんなの決まっている。このワタクシを称え、敬い、ご機嫌にさせてくれさえすれば、仕事などできなくたって評価は最上級よ。今までのオヤジ連中がやっている通りの評価基準よ。文句ある?
さて実際の研修は、自動車販売会社に努めるA君の仕事ぶりを例に、短編ドラマのビデオまで導入するという手のこんだものだった。A君は3ケ月の売上目標を大幅にクリアしている。しかし、取引先との商談に遅れたことがある。A君は新人のめんどうをよくみて、指導もしっかりしている。しかし、嫌がる後輩を飲み会に無理やり誘うことが度々ある。A君は急に頼まれた残業や出張でも嫌がらずにこなす。しかし、提出書類は再三請求されないと出さないetc。このような内容のビデオを観て、仕事への取り組み方はとか、社外の人へ与えるイメージはとか、後輩への配慮は、と話し合いそれぞれの項目でAからCまでの評価を、分けられたグループ毎に下す。
ビデオの中のA君は、今まで私の居た職場ではまずお目にかかれない好青年が演じていた。こんな好青年が職場に居たら、もうそれだけで全てAどころか、スペシャルAをつけてしまってもいいくらいだ。私の人事考課はどこまでもエコヒイキよ。文句ある?
しかし、ここはそういうわけにもいかないから、畏まった顔をしてもっともらしく席についたのだが、類は呼び合うらしい。「A君ならお客受けも良さそうだし、いいんじゃない?! あんな好青年だったらそれだけでOKよね」と、同じグループになった江戸っ子風のお姐さんが話し合いの口火を切ってくれた。出だしがこんなだから「これはAですかねぇ」と誰かが言えば、皆それに賛同。異議を唱える人は無い。結局、40分与えられた話し合いの時間を、5分も使わずに例題は終わってしまった。中には喧々諤々、意見百出で40分ではとてもまとまらないグループもあったが、そんなグループを横目に世間話に花を咲かせるお気楽グループなのだった。文句無いでしょ。
この研修が終わってホッとしていたら、なんと半年もたった10月になって、又もや召集がかかった。今度は部下のコーチングとメンタルヘルスの留意点の研修を2日間に渡り行うのだとか。初日は午後の1時集合。講習は6時までなのだが、その後にナイト・セッションと銘打って、午後の7時から8時半まで「忌憚ない話し合い」がある。何が悲しくて夜の7時から、局長なんて看板を背負った人が取り仕切るテーブルを囲み、しゃっちょこばったお喋りをせねばならんのか。ああ帰りたいよぉ。せっかくテーブルの上に、並べられた鶏のから揚げも、ハムやチーズの盛り合わせも、枝豆も手付かずのままだ。サンドイッチなんてパンが乾いて反り返っている。お寿司の鮪なんて色が変わっているよ。ビールやワイン、ウィスキーまで用意されているというのに、最初の乾杯以降、誰も率先して飲もうとしない。こんな状態を「忌憚ない」と言うのだろうか。どうせならディナー・ショーでもしてくれたなら、盛り上がることもできただろうに。食べ物も、栓を抜かれた飲み物もみんなあのままゴミと化すのか。ああ、モッタイナイ・もったいない。
翌日は、朝からIT関連企業で名をなした某女性社長のご講演。美人で言語も明瞭、おおこれは眠らずに済みそうだとは思ったものの何のことは無い、体の良い某社のコマーシャルではないか。講演が終わって「何か質問は?」と聞かれても、質問に対する答えがこれまた社の自慢では聞く気もおきません。
さて、正午になり昼休みはやっとこ1時間解放されると思いきや、恭しくお弁当とお茶が会議室に運び込まれて来た。コンビニ弁当より遥かに高級そうな松花堂弁当ではあるが、会議室で前の人の背中を見ながら食べても、美味しくなんてありゃしない。皆、背広を着たままだし、食事をしながら肩がこる。
フー終わった終わった、研修終わりぃ!! と、快哉を叫んだつもりだったのに、なんとま、今度は「セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント」の講義だってさ。若い大阪の弁護士さんが関西弁のイントネーションそのままに「私のような若造が言うのはナンヤケド、こういうことは絶対にやってモロては困るんデスゥ」と、パソコンから映し出される画面を指しながら、マイク片手に熱っぽく語る。「けっこう御社には、アホなことしはる人が多いんですワァ。びっくりシマッセ」。そうか、そんなアホが居てるねんなぁ。アヤツかコヤツか、はたまたあの部長か。いくらでも浮かんでしまうから、確かに弊社にはとんでもないオヤジが多いと言えそうだ。それならこの際、そんなオヤジ共はモトから断って清廉潔白の、このワタクシが人事考課も、コーチングもメンタルヘルスもセクハラもパワハラも全部まとめて、面倒見てやろうじゃないの。ああ、こうしてこのワタクシ、益々偉くなって弊社を支えなくてはならなくなってしまう。エライコッテスワァ。
さて、これで本当に研修は終わったのだろうか、油断をしていると又召集がかかるかも知れない。どうせなら今年もあとわずかになったことだし「年末ジャンボ宝くじの当て方」とか「大人になってもお年玉をもらえる方法」と言った、実のある研修をしてくれたら有難いのだが。
秋である。乙女がお洒落をする季節である。
しかし、気になることがある。それはハイヒールの踵だ。磨り減るのを通り越して、革がめくれている靴を履いている人を見かけることが最近多くなった。最初は、ピンヒールの回りにヒラヒラと飾りでもついているのかと思った。新しいファッションかと。けれどもよく見ると、グレーのくたびれきった踵の、ゴムの屑がまとわりついているのだった。いくらお洒落をしても足元を見られますよ。
その点、私は大丈夫。踵のゴムが磨り減る前に、ちゃんと馴染みの靴屋さんに張り替えてもらっているから。この靴屋さん、10年以上前に大手町のビル街に現れ、決まった1本の街路樹の前に陣取って靴磨きと靴の修理、踵の張替えをしだした。街路樹の銀杏を背に、ベニヤ板で囲いをする。これがおじさんの畳半畳のテリトリーだ。
その靴屋さん、プロレスラーのような大きな体を折り曲げて、もくもくと手を動かす。殆ど会話は無し。丁寧に修理をした上に、ザッと磨いてもくれる。しかし、難点がある。出社前に「お願いします」と、靴の入った袋を置いて「何時にできますか?」「昼だね」。で、昼休みに取りに行くと、袋を開いた様子さえない。仕方なく退社時に寄る約束をしても、結局「靴磨きが多くてできなかったよ。明日の昼に来て」と、悪びれた様子もない。それだけ言うと、黙って後片付けが始まってしまう。ガックリ。けれども、十数年前には「はい、50円」と、当時でも信じられない低料金だったので、マ、いっかぁとなってしまう。現れるのもお天気次第らしく、程よく晴れた日以外は姿を見せない。悪天候だけでなく、あまりの晴天も仕事はしたくないようで、いくら待っても現れないのだった。
料金は、いつしか1足百円になり、二百円になり、最後は五百円になった。最後はというのは、五百円になってしばらくして、程よく晴れた日も姿を見ることが無くなってしまったからだ。暫くは用具箱もベニヤ板も定位置の銀杏の樹にくくられたままだったので、靴の入った袋を提げて何度か足を運んだりしたのだが、とうとう、その箱もベニヤ板も姿を消してしまった。ビルの谷間にあった、ちょっと暖かな空間が無くなってしまい寂しい気がする。いやそれよりも、これから私の靴の踵は一体誰が修理してくれるのだ?
そのおじさんにばかり頼んでいたものだから、他にどんな所があるのかすら分からない。では、殆どの駅に入っている“ミスター・ミニット”を覗いてみようか。五百円也で直してもらっていた私とすれば、やはり値段は気にかかる。ネットで調べてみると、婦人靴には1250円から3150円のバリエーションがあるらしい。最低料金でも、おじさんなら2足直しおつりが来たところだ。これが常識的な料金設定とは分かっていても、やはり慣れた数字からすると、最低でも2倍強というのは何だかなぁ。
ところが、ある日見つけちゃったのです。私の好きな百円ショップダイソーで、靴の踵の修理キットを。その名も“靴の修理屋さん”。「自宅で簡単に靴の修理ができます!」って、びっくりマークまでついている。中身は踵につけるゴム(各種ありますよ)、紙やすり、打ち付ける小さな釘。使用方法も、古くなった踵を取り外し、紙やすりで靴底の凸凹を無くし、踵のゴムをボンドで貼り、釘をうちつけ、余分な所はカッターで切り落とす。図まで載せて丁寧に教えてくれている。これは試すっきゃないでしょう。ヘーベル・ハウスの住宅展示場でもらった、ハンマーとペンチとドライバーがセットになった工具セットを持ち出し、踵のゴムの張替えに、いざ取り掛からん。
まず、古いゴムを引っ剥がす。これがなかなか大変。踵とゴムの間にドライバーをねじ込んで、やっとこ浮いたゴムをペンチでねじり上げる。ムンギュ。ゴムには、打ち付けられた釘だけでなく、踵にうまく嵌め込まれた棒状の出っ張りがある物もある。だから、踵にはその分の穴が空いているわけだ。こんなの“靴の修理屋さん”の使用方法には書かれていないよ。踵の凸凹を紙やすりで平らにしたものの、さてこの穴はどうしたものか。
閃きました。割り箸をちょいと突っ込んでみたらドンピシャリ。割り箸を穴に差し込んではカッターでちょん切る。この作業を踵によっては片足で4回、1足で8回もしなくてはならない。中には、もっと細い穴が空いている踵もある。それには好物の、ゴマだんごの串がピタリと一致した。みたらし団子でも、あんこでも団子の串なら大丈夫なのでご安心を。
さて、いよいよ釘を打つのだが、先ほどの割り箸やら団子の串を突っ込んだ辺りにうまく命中させなくてはならない。何しろ外からは見えないから、ここぞと見当をつけてトンテンカンと打ち付ける。ウーム、なかなかどうして大したものだ。1足百円よ。踵の大きさによっては百円で2足できてしまう。
「やっぱり私って何をやらせても天才!」と、意気揚々と自分で踵を直した靴で出社し、社内を闊歩していたのだが、思いもかけない悲劇が待っていた。姫体質の非力な私が打ちつけた釘は歩いているうちに浮き上がってしまったらしい。釘の頭が、普段は全く気にも留めない、薄い薄いカーペットの毛足に引っかかってしまったのだ。幸い席に近かったので事務用のハサミをペンチ代わりにして、半端になっている釘を引き抜いた。さすがに事務所には、その後に打ち付ける釘もハンマーも無い。途方にくれた目の前に、ありました天下の“アロンアルファ”が。これだ! 剥がれて口を開けている箇所に急いで流し込み、踵に全体重を乗せて接着に努めた。約1分後、瞬間接着剤なのだから、もう大丈夫だろうと、足を踏み出そうとして焦った。足が上がらない。どうやら慌てて流し込んだアロンアルファがこぼれ、床と靴の踵を見事に貼り付けてしまったらしい。聞きしに勝るその威力、恐るべしアロンアルファ。その時初めて知った。アロンアルファには“アロンアルファ用専用リムーバー・はがし隊”という救済隊が用意されているということを。こちらは、剥がしたい箇所に塗って3分間待つ。3分して私も晴れて自由の身になれた次第。
ねぇねぇ、3分と言わず3時間でも3日間でもじっと待つから、誰か私に貧乏神からの“はがし隊”を送ってくれませんか。