「体力と気力の限界を感じ……」かの大横綱千代の富士が、引退を発表した時、ここでグッと詰まり、斉藤祐樹くんが生まれるよりずっと前に、タオルのハンカチを握り締め涙を堪えていた表情を思い出す。

辛かったのよねぇ。一人横綱で頑張って、若貴が出てきたら途端に敵役のようになってさ…本当に、日本人の移り気を感じた一コマだった。

中国人は「井戸を掘った人の恩は忘れない」と言うけれど、日本人は水が出たら恩は忘れて、枯れたら掘った人に文句を言いそうだ。

ここのところ、遅れて来た五月病なのか、やる気が起きない、覇気が無い。何事もお笑いタレントの“はなわ”が真似する武蔵丸のように「めんどくさい」そして「やりたくない」っていう困った状態だ。

気付くと、口から出るのは「ファイト!!」なんて自分や周りを鼓舞する言葉ではなく「フー」と、ため息ばかり。この「フー」が風船玉のように形になったとしたら、今頃は首まで埋もれているのではないだろうか。それでも「かき分けて出るのも億劫」って“フー玉”に潰され圧死しかねない。困ったもんだ。

そんな私の気分が久しぶりに明るくなった一夕があった。

昨年まで隣の部署でアルバイトをしていた青年から「就職が決まりましたぁ」という弾んだメールをもらい、ささやかながら、お祝いの席を設けたのだ。

その元バイト君、松本零士が描く少年のような、髪がカールしてちょっと下膨れの可愛いキャラ、名前は公平クンという。私の実家の隣町に住んでいると聞き、隣の部署のバイト君だった頃から、ローカルな話題で盛り上がっていた。就職活動のためにバイトを辞めると言い出した時、半ば強制的にメールアドレスを聞き出し、それからは勝手にメル友に加え、毎日のようにメール攻撃をしていた。

祝宴の席はカレーが大好物という公平君のために、品川駅から徒歩7分、本格的インド料理の店デヴィ・コーナーを選んだ。店員が全員インド人、そしてお客もインドを筆頭に外国の方々が多い。食事中に(ここは何処?)と思う瞬間が必ずある。

ガーリックと蜂蜜が練りこまれた特性のナンに、海老の中辛カレーを乗せて口に運んだ公平君。どうかなと、その口から発せられるお言葉を待つ。「美味しい!!」やったー。「親を連れて来たいです」なんて最上級の褒め言葉が出てきた。子供の頃から連れて行かれて、お気に入りの東京タワーの足元のカレー屋さんがあるんだそうな。「そこより美味しいです!!」よかったぁ。

私も25歳(文句ある?!)とは言え、大学生の青年とサシでは場も白けるかな、話題につまるかなと、微かな不安を抱いていたが、このカレーの美味しさでスッカリ公平君は舌も滑らかに、お喋りにも興じてくれた。

まずは、本日の命題就職の話。社に居た時から「車が好きなんですぅ」と言っていたが、初志貫徹、希望の自動車メーカーから内定をもらうことができたとはにかむ。ン、公平君を命名するなら何王子が合うだろう。色白で髪が巻き毛で…カレー(華麗)王子?

法学部の公平君、メーカーと言ってももちろん製造に携わるわけでなく、営業、企画、経理、「何でもやるつもりです」と、嬉しそうに所信を述べた。その上、「海外勤務を希望すれば、今はインドという線がけっこう強いんですよね。毎日こんな美味しいカレーが食べられるならインドに行くのも悪くないなぁ」だって。

それにつけても、これから実際に入社するまでの約10ヶ月をどう過ごすのだろうと思って聞いてみたのだが、若人は逞しいなぁ。既に、来春までのアルバイトを見つけてあるのだそうだ。「来月から通います。で、その前に同じく就職が内定した仲間と海外旅行に行って来ます。この時期はツアーがとっても安いんですよ」。確か、内定報告のメールには「これから福岡に行って来ます」ってあったはず。福岡から帰って来たばかりじゃないの? フット・ワークの良さに、出不精の私はただただ畏敬の念をいだくのみ。その上、それでも体がなまってしまっているから、今話題の“ブート・キャンプ”なるエクササイズに取り組むつもりでいるとのこと。そのハニーフェイスと華奢な体とは想像もつかない「ずっと、ラグビーやってたんですよ」の言葉にまたまたビックリ。「せいぜい、ブート・キャンプ頑張ってね」。

文武の文の方も、意欲満々。まずは法学部で学んだのだから司法試験は無理としても、司法書士の資格は取りたいんだそうだ。それから漢字検定にも合格したいと言う。「実は昨年受けて落ちちゃったんですよ。あと1問ってとこで」。では試しにと「ばらって書ける?」「しょうゆって書ける?」って心優しいお姉さんは聞いてみた。「ん…」。頑張らないと次回も落ちちゃうよ。ついでに「わかさぎは?」

海外旅行に出かけるに当たっても「英語を話せるようになりたいです。これからは、やはり必要ですよね」と、こちらにもかなり意欲的だ。「短期留学でもしたら」と水を向けると「そうですよね、その方が早いですよね」と、目を輝かせる。

すっごいなぁ、海外旅行、海外留学、アルバイト、資格試験、漢字検定試験そして、体力増強のためのブート・キャンプ。トライしたいことが次から次から出て来て、その全てに前向きに頑張る。そんな若さ溢れる爽やかな姿を見ていたら「遅れて来た五月病は重い」なんて言ってはいられない。ヨ〜シ、私も……やっぱりめんどくさい。